ねこたまの四十九日を越えて
6月9日
ねこたまの四十九日でした。
ねこたまが眠っているお寺に家族でいってきました。
休日のバスは平日のバスとは違うから行先がちょっと違ったバスに乗り、
停車駅を間違え
くまがこっちから行ったらいいと思いつきで向かった近道をすすみ、
道に迷い
行ったことのない場所を探検して周りました。
途中、違うバスに乗ったのが悪いと私のせいにしだしたので、
ちびたんに、
「あれね、お父さん人のせいにするの得意だから。真面目なこわーい顔していうから騙されるけど、本当は自分で一緒に決めてたりするからこういうときには気をつけな。」
とアドバイスしておきました。
やっとこさついたお寺さん。
ねこたま、こんな小さな骨壺に収まってしまった。
この日を過ぎたら集合墓地に眠らせてあげます。
正直、骨なんてなんの意味もないと、
お墓なんて亡くなった人がいないんだから何の意味もないと、
これまで思っていました。
ねこたまの死を経験して、
骨だって、あなたの一部でとても大切であって、
それがもう手元から本当に離れてしまうことが寂しくて仕方がないと感じています。
お墓も最後の場所なんだなあと。
どうにもならないけど、あってよかったなあと思ってます。
なんだろうな、年とったかなあ。
四十九日がなんにせよ、
久しぶりに家族4人と一匹でまた一つ思い出をつくりました。
今日はちびたんの保育参観で仕事を休んでいるので、
無駄に静かな部屋です。
ねこたん、頑張るかんね。